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MIKAME Kiyotomo URL 2012-11-10 (土) 23:26

記事に「45年ぶりに」会ったとありますが、間違いです。「47年ぶり」です。「坂梨(名なし)」は、「坂梨信介(さかなし しんすけ、当時、21歳)」です。このふたり、三瓶 清朝(みかめ きよとも、当時、20歳)と坂梨 信介(当時、21歳)は、1965年8月に、小森 康行(こもり やすゆき、現=JCC会友代表、当時、30歳)、橋村 一豊(はしむら かずとよ、成城大学山岳部OB)、尾崎 隆雄(おざき たかお、成城大学山岳部OB)とともに隊列を組み、五人が連(つら)なって、剣岳 池の谷 右股 中央ルンゼF4(当時、5級!!)経由で「池の谷中央壁」を第二登した。初登は、○○(?)年に、その橋村と尾崎がおこなった。そのとき、わたし(MIKAME)と小森はひとつのテントに幕営し、坂梨・橋村・尾崎は別のテントに幕営した。ふたつの隊とも、剣岳 長次郎谷の「熊の岩」の上に幕営した。第二登の、登った順序は、小森、三瓶か坂梨、橋村か尾崎である(小森=談、2012年11月04日)。池の谷(たん、と読む) 中央ルンゼF4(5級!!)を超えてから中央壁の右側(第一ルート[注1])の基部で、「三瓶と坂梨は学生だから(甘くみられて)中間に置くことにして、橋本・尾崎・おれがじゃんけんをして、おれがトップで登った」(小森=談、2012年11月04日)。中央壁を抜けて長次郎の頭にきたころ、雷鳴がとどろき、雨がふり、夜になり真っ暗ななかをヘッドランプをつけて熊の岩におりた(小森=談、2012年11月04日)。「池の谷(たん)中央ルンゼF4(5級!!)は玄人(くろうと)受けするルートだ。真ん中に大きなチョックストーンがあった。三、四年のあいだに毎年だれかが挑戦していても退(しりぞ)けられていた。神戸山岳会も、ベルニナ山岳会も、魚津山岳会も、だ。古川(純一)さんも三回、挑戦している(=登れなかった)。結局、横浜商業高校(通称=Y高)のOB(山岳部のOBかどうかはわからない)が初登した。登っちゃった(ト、ガッカリしたようすで小森がいう)。(一転、)中央壁のあのルートは育たないね」(小森=談、2012年11月04日)。「育たないって何のことよ」(MIKAME)。「あとからひとが登らない、ということだ。草つきが多いとか、傾斜がないとか、で…」(小森=談、2012年11月04日)。 [注1]第一ルートは、中央ルンゼF4を通ったあと、中央壁に右下からせまる(初登、橋村 一豊)のに対して、第二ルートは、中央壁の真下から登る(初登、尾崎 隆雄)(小森=談、2012年11月04日)。この続きは、また次回にお話しします。疲れたあ。久しぶりに興奮した、Climber's High かなあ。草草。三瓶 清朝(MIKAME Kiyotomo)。








MIKAME Kiyotomo URL 2012-11-14 (水) 02:10

2. やい、この電子網口座の管理人、出てこい。この野郎。電子郵便あてどころは「公開されません」って書いてあるから、あてどころを書いちゃったら、公開されてんだ。ふざけるな。ええーっ bhai ! (ネパール語でおとおと!)、澤上(新姓=大西)くん、いったいだれだ、管理人ってのは。

ブログ管理者 URL 2012-11-16 (金) 10:55

コメント記入項目に、「メールアドレス(公開されません)」とあるのに、公開されてしまう問題に関し、ブログサービスの「FC2」に問い合わせましたところ、使用しているブログテンプレートの中の変数に間違いがあることが判明しました。
現在は、書き換えをしてテンプレートを更新したので、記入されたメールアドレスは表示されなくなりました。

今回指摘されるまで気が付きませんでした。関係者には大変ご迷惑をおかけしました。

坂梨 信介 URL 2012-12-14 (金) 01:28

三瓶教授のコメント読ませて貰い若き闘志溢れる時代を思い出しました。初めてのバットレスでの冬合宿で二人で吊尾根、荷揚げしたのを覚えてますか....夏は剣の帰途、はしご谷乗越から開通したばかりの黒4ダムを見上げながら黒部川を渡渉し、暑い中、歩きましたね.......
勿論,池の谷中央ルンゼから中央壁も覚えてますが最後暗い中、長次郎雪渓を熊の岩までヘロヘロになって降ったのは印象的でした。
勿論、春の合宿での奥又雪崩遭難の折(私は前年12月の北尾根BCでの前穂合宿に参加,翌年春はアルバイトで不参加)救助で徳沢園に1週間余滞在したのも記憶に残ってます。好男子で明るい新ヶ谷さんそして粘り強い鈴木さんが亡くなられて荼毘に付した上高地帝国HIOTEL裏で涙しました。古川・小森さんそれに多くの先輩方々に大変お世話になったJCCには色んな思い出が残っており青春時代の大きな思い出を作れました。皆様には感謝してもし切れない大きな財産となってます。

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会友近況報告:大山詣で


【日程】2012年10月25日(木)
【場所】丹沢・大山
【メンバー】(会友)三瓶(清朝)、坂梨
大西さんより、会友三瓶さんと坂梨さんの大山詣での写真が転送されてきました。
二人が会うのも45年余ぶり、そのころのJCCの話に花が咲き楽しい登山だったとのこと。帰りは大和市桜が丘駅のネパール料理屋「サガルマータ」で乾杯。坂梨さんは、翌日脚の筋肉痛に見舞われたそうです。

三瓶坂梨_大山
三瓶氏(左)と坂梨氏(右)

女人禁制の碑 女人禁制の高札 鹿

情報:インド・ネパール料理「サガルマタ」
(記:ブログ管理者)

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MIKAME Kiyotomo URL 2012-11-10 (土) 23:26

記事に「45年ぶりに」会ったとありますが、間違いです。「47年ぶり」です。「坂梨(名なし)」は、「坂梨信介(さかなし しんすけ、当時、21歳)」です。このふたり、三瓶 清朝(みかめ きよとも、当時、20歳)と坂梨 信介(当時、21歳)は、1965年8月に、小森 康行(こもり やすゆき、現=JCC会友代表、当時、30歳)、橋村 一豊(はしむら かずとよ、成城大学山岳部OB)、尾崎 隆雄(おざき たかお、成城大学山岳部OB)とともに隊列を組み、五人が連(つら)なって、剣岳 池の谷 右股 中央ルンゼF4(当時、5級!!)経由で「池の谷中央壁」を第二登した。初登は、○○(?)年に、その橋村と尾崎がおこなった。そのとき、わたし(MIKAME)と小森はひとつのテントに幕営し、坂梨・橋村・尾崎は別のテントに幕営した。ふたつの隊とも、剣岳 長次郎谷の「熊の岩」の上に幕営した。第二登の、登った順序は、小森、三瓶か坂梨、橋村か尾崎である(小森=談、2012年11月04日)。池の谷(たん、と読む) 中央ルンゼF4(5級!!)を超えてから中央壁の右側(第一ルート[注1])の基部で、「三瓶と坂梨は学生だから(甘くみられて)中間に置くことにして、橋本・尾崎・おれがじゃんけんをして、おれがトップで登った」(小森=談、2012年11月04日)。中央壁を抜けて長次郎の頭にきたころ、雷鳴がとどろき、雨がふり、夜になり真っ暗ななかをヘッドランプをつけて熊の岩におりた(小森=談、2012年11月04日)。「池の谷(たん)中央ルンゼF4(5級!!)は玄人(くろうと)受けするルートだ。真ん中に大きなチョックストーンがあった。三、四年のあいだに毎年だれかが挑戦していても退(しりぞ)けられていた。神戸山岳会も、ベルニナ山岳会も、魚津山岳会も、だ。古川(純一)さんも三回、挑戦している(=登れなかった)。結局、横浜商業高校(通称=Y高)のOB(山岳部のOBかどうかはわからない)が初登した。登っちゃった(ト、ガッカリしたようすで小森がいう)。(一転、)中央壁のあのルートは育たないね」(小森=談、2012年11月04日)。「育たないって何のことよ」(MIKAME)。「あとからひとが登らない、ということだ。草つきが多いとか、傾斜がないとか、で…」(小森=談、2012年11月04日)。 [注1]第一ルートは、中央ルンゼF4を通ったあと、中央壁に右下からせまる(初登、橋村 一豊)のに対して、第二ルートは、中央壁の真下から登る(初登、尾崎 隆雄)(小森=談、2012年11月04日)。この続きは、また次回にお話しします。疲れたあ。久しぶりに興奮した、Climber's High かなあ。草草。三瓶 清朝(MIKAME Kiyotomo)。








MIKAME Kiyotomo URL 2012-11-14 (水) 02:10

2. やい、この電子網口座の管理人、出てこい。この野郎。電子郵便あてどころは「公開されません」って書いてあるから、あてどころを書いちゃったら、公開されてんだ。ふざけるな。ええーっ bhai ! (ネパール語でおとおと!)、澤上(新姓=大西)くん、いったいだれだ、管理人ってのは。

ブログ管理者 URL 2012-11-16 (金) 10:55

コメント記入項目に、「メールアドレス(公開されません)」とあるのに、公開されてしまう問題に関し、ブログサービスの「FC2」に問い合わせましたところ、使用しているブログテンプレートの中の変数に間違いがあることが判明しました。
現在は、書き換えをしてテンプレートを更新したので、記入されたメールアドレスは表示されなくなりました。

今回指摘されるまで気が付きませんでした。関係者には大変ご迷惑をおかけしました。

坂梨 信介 URL 2012-12-14 (金) 01:28

三瓶教授のコメント読ませて貰い若き闘志溢れる時代を思い出しました。初めてのバットレスでの冬合宿で二人で吊尾根、荷揚げしたのを覚えてますか....夏は剣の帰途、はしご谷乗越から開通したばかりの黒4ダムを見上げながら黒部川を渡渉し、暑い中、歩きましたね.......
勿論,池の谷中央ルンゼから中央壁も覚えてますが最後暗い中、長次郎雪渓を熊の岩までヘロヘロになって降ったのは印象的でした。
勿論、春の合宿での奥又雪崩遭難の折(私は前年12月の北尾根BCでの前穂合宿に参加,翌年春はアルバイトで不参加)救助で徳沢園に1週間余滞在したのも記憶に残ってます。好男子で明るい新ヶ谷さんそして粘り強い鈴木さんが亡くなられて荼毘に付した上高地帝国HIOTEL裏で涙しました。古川・小森さんそれに多くの先輩方々に大変お世話になったJCCには色んな思い出が残っており青春時代の大きな思い出を作れました。皆様には感謝してもし切れない大きな財産となってます。

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